日月神示の予言について解説

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日月神示とは何か

日月神示は岡本天明という人が、1944年6月10日に書き始めたとされる不思議な文書です。「ひふみ神示」や「一二三神示」と呼ばれることもあります。

書き始めたきっかけはとても奇妙で、それは千葉県成田市にある麻賀多神社の小さな末社である天日津久(あめのひつく)神社を参拝した直後のことでした。社務所で休んでいると、筆を持った天明の手が、自分の意思とは関係なく動き出したと伝えられています。

こうして文字が書かれていくことを「自動書記」と呼びます。

じつは、この日の2ヶ月ほど前に、伏線のような出来事がありました。

4月18日、扶乩(ふうちゃ、フーチ)という神様のお告げを受け取る方法の実演会で、天明は進行役を務めていました。そのとき「天之日月神(あめのひつくのかみ)」という神様の名前が出てきたそうです。その名前の神様が、のちに麻賀多神社の末社に祀られている神様だとわかったとされています。

名前が先に届いて、あとから場所がつながる。このあたりの話に心が動く人は多いのではないでしょうか。ただ、書かれた文字そのものは、とても読みにくいものでした。

漢数字、記号、ひらがなが入り混じった文章で、書いた天明自身も、最初は意味が読めなかったと言われています。そのため研究者や霊感の強い人たちが、時間をかけて読み解いていったとされています。

さらに面白いのは、神示そのものが「八通りに読める」と語っているとされる点です。

言葉の読み方がひとつに決まっていないので、人によって、時代によって受け取る内容が変わります。予言の年や意味が解説する人ごとに違うのも、ここに理由があります。

間違い探しをするよりも、読む人それぞれに違う顔を見せてくれる文書だと考えると興味深いです。

書き続けられた期間についても実は説が分かれています。1944年から1952年ごろまでとする説明もあれば、1961年ごろまでとする説明もあります。

はっきり決まっていない部分があるのもこの神示の味わいのひとつです。

天明が1963年に亡くなったあとは、妻の三典が研究を続けました。1976年には『原典日月神示』がまとめられ、1991年には、さらに読み解きを進めた書も発表されています。

私たちが今、書店や図書館で手に取れるのは、こうして受け継がれてきた積み重ねのおかげです。

日月神示は学校で習う歴史書のような、公的に認められた正典ではありません。個人から個人へと受け継がれてきた、私家版の神典という位置づけです。だからこそ「これが正解」と身構えずに、「自分の心が軽くなる読み方を探す」くらいの気持ちで向き合うのがちょうどよいのかもしれません。

そんな日月神示がとくに広く知られるようになった理由のひとつが、予言です。ところがその予言の中には時代が移るにつれて、意味の見え方が大きく変わったものがありました。

まずは、いちばん有名な戦時中の話から見ていくことにします。

戦時中に語られた予言

日月神示の予言の中でいちばん有名なのは、「敗戦を言い当てた」と言われる部分かもしれません。

第1巻や第3巻には日本が一度つぶれたようになること、東京が焼け野原に戻ること、北や海の向こうから攻められることなどを思わせる言葉があります。

あとから戦争の経過を知った私たちが読むと、たしかによく重なって見えます。ただここにはあまり知られていないお話があります。

神示が書かれていた戦争の最中、この言葉は「日本が勝つ」という意味で受け取られていたと伝えられているのです。

天明の妻三典のお兄さんに、高木中佐という軍人の方がいました。終戦が近づいたころ高木中佐は神示を書き写して整え、三笠宮さまに「日本はまだ負けない」と説いたという話が残っています。

同じ文章が、戦争の最中には勝利の知らせに読まれ終わったあとには敗戦の予告に読まれた、ということになります。つまり「敗戦を的中させた」という見方は、結果がわかったあとで読み直したときに生まれたもの、と整理されています。

これは日月神示の価値を下げる話ではありません。言葉の読み方が一つに決まっていない文書は、読む人の立場や気持ちによって、いくつもの顔を見せている、ということだと思います。第1章でお話しした「八通りに読める」という言い伝えを、そのまま体験したような出来事です。

そう考えると「予言が当たった」「外れた」と白黒をつけることだけが、読み方ではないとわかってきます。当たったかどうかを確かめるよりも「この言葉から、今の自分は何を受け取るだろう」と考えるほうが、神示の持ち味に近いのかもしれません。

神示の中で語られる「一度つぶれる」という出来事は、終わりを告げる言葉ではなく新しく立て直すための前ぶれとして書かれている、と読む人が多いのです。焼け野原のあとに人々は少しずつ暮らしを立て直し、いまの日常につながっています。大きな出来事のあとにも続きがあるという流れで読めば、怖がる必要はありません。

ここまで、昔の予言の読まれ方を見てきました。

ところがこの「読み方が変わる」という性質は、昔の話にとどまりません。今いちばん多くの人が気にしている「いつ、何が起きるのか」という年の話にも、同じことが起きています。

大峠と「いつ起きるのか」問題

日月神示を調べていると、かならず出会う言葉があります。「大峠」です。世の中が大きく入れ替わる山場のことで「いつ来るのか」が、いちばん気になるところだと思います。

よく知られているのは、「子(ね)の年を真ん中にして、前後10年が正念場」という趣旨の言葉です。これが2020年とつなげられて、コロナ禍の予言として話題になりました。

ところが別の帖には「五の年は子の年」という言葉があります。この帖が書かれたのは1944年12月とされていて、そこから数えると1948年の子の年にあたります。そのため2020年の予言と読むのは、あとから生まれた解釈だとも言われています。

同じ言葉でもどこを根拠にするかで、年が72年もずれてしまうのです。

年の読み方はほかにもあります。

子の年を「5」と数えて、2024年から2025年ごろが山場だと考える人がいます。2020年を1年目として2026年までが闇の世だと読む解説者もいます。2011年ごろから前半が始まり、2020年代半ば以降が後半だと整理する人もいます。

どれもその人なりの真剣な読み方で、どれが正しいと決めることはできません。

ここでよく話題になる「人類が三分の一になる」という言葉にも触れておきます。

ある解説書では神示の予言として紹介されていますが、これは著者の解釈で原文にそう書かれているかどうかは確かめられていません。

2024年から2025年という時期は、すでに過ぎました。今回調べた範囲ではそのような事態を示す情報は見つかっていません。

さらにその解説書には「改心すれば小難にできる」という教えも、あわせて紹介されています。

つまり悪い未来が決まっているのではなく、人の心の持ち方で変えていけるという考え方です。

年の予測が何度も新しく書き換えられていくのは、不思議なことではありません。不安なとき、人は先のことを知って安心したくなります。予言を調べたくなるのはとても自然な気持ちです。

そして予言の時期が過ぎたあとは、「あのとき、そこまで心配していなかった」と思い出しやすいという研究もあります。これは弱さではなく人の心の柔軟さによるものです。

多くの解説者が「当てるカレンダーとして読むと、本質を見失う」と語っているのもこの理由からだと思います。

年を追いかけるよりも神示が最後に何を見ているのかを知るほうが、ずっと心は軽くなります。その行き先に「ミロクの世」と呼ばれる明るい世界があります。

ミロクの世と、大本から続く言葉

日月神示が最後に見ているのは、怖い未来ではなく「ミロクの世」と呼ばれる明るい世界だと言われています。弥勒の字をあてて、争いや行き詰まりのないみんなが穏やかに暮らせる世の中のことです。

この言葉は日月神示だけのものではありません。

岡本天明の流れは、「大本(おおもと)」という教えにつながると説明されています。大本を開いた出口ナオさんは、世の中を一度きれいに立て直すことと「みろくの世」がやってくることを説いたとされています。

天明の神示に出てくる「立て替え」「立て直し」という言葉も、こうした流れの中から来ているのかもしれません。ひとつの言葉が時代をまたいで、人から人へ手渡されてきたと考えると少し胸が熱くなります。

ではミロクの世はいつ来るのでしょうか。

ある解説書の著者は「酉の年にあたる2029年が、真のミロクの世のはじまり」と読んでいます。

善と悪をはっきり分けて悪を追い出すのではなく、どちらも正しく生かしていく。体を軽く見ずに、体と心の両方を大事にする。目に見える世界と見えない世界は、合わせ鏡のようにつながっている。こうした言葉が神示を読んだ人の感想や解説の中で紹介されています。

大きな世の中の話を自分の暮らしに引き寄せてくれるのが、神示にある「身魂(みたま)磨き」という考え方です。むずかしい修行ではなく、毎日の中でできる小さな心がけの話です。

その具体的なやり方を、一緒に見ていきましょう。

予言より大切にされている生き方の教え

日月神示が大切にしているのは、「身魂磨き」という教えです。自分の心と体を毎日少しずつ整えていくことです。

身魂磨きをすれば誰でも神様とつながれる、という内容が紹介されています。特別な人だけの話ではない、ひとりひとり誰でも神様と繋がれるということです。

ほかにも「善悪を分けて、悪を追い出す」という考えをやめて、善も悪も正しく生かす。目に見える世界と、見えない世界はひとつにつながっている。そして何事も「大歓喜」、つまり心からの喜びを大切にする。

こうした言葉が、神示の核として語られています。

では、毎日の暮らしでは、何から始めればいいのでしょうか。神示の考え方をもとにした、一つの例を挙げます。

朝起きたら、今日が始まることに「ありがとう」と声に出してみる。これだけで十分です。

次に使う場所をひとつだけ、きれいにする。洗面台でも、机の上でも、玄関でも構いません。場所が整うと気持ちも整ってくるのを感じやすくなります。

人に対して「あの人はよくない」と思ったときは、少しだけ立ち止まる。「あの人にも、そうなる事情があるのかもしれない」と考えてみる。

神示の「善悪ともに生かす」という教えを、ごく小さく試す方法です。

そして夜は、今日うれしかったことをひとつだけ思い出して眠る。大歓喜とは大きな出来事のことではなく、こうした小さな喜びの積み重ねだと考えると無理なく続けられます。

ひとつだけでも今日から始めてみてください。

最後に

日月神示は、岡本天明が1944年に書き始めたとされる不思議な縁に満ちた文書です。

原文は読みにくく八通りに読めると言われているので、予言の意味や年も、読む人によって変わります。戦時中は「日本は負けない」と読まれていた言葉が、戦後には敗戦の予告と読まれました。このことからも予言は「当てるもの」ではなく、「受け取るもの」だとわかってきます。

「人類が三分の一になる」という話も、ひとつの解釈にすぎません。未来は決まっているものではなく心の持ち方で変えていけるものです。

神示がずっと見つめているのは、ミロクの世という穏やかで明るい世界です。そこへ向かう道は、大きな出来事ではなく毎日の小さな心がけの中にあります。

ですから明日はまず、朝にひとつだけ「ありがとう」を言ってみてください。そして、身の回りの場所をひとつだけきれいにしてみてください。

それだけでもう身魂磨きは始まっています。